根拠のない「保育園はかわいそう」攻撃に根拠で反論「良いこと多いよ」令和に昭和の概念を引きずるのはやめよう

保育園
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働きたい気持ちもあるけれど、「保育園児はかわいそう」ってよく言われているからなんとなく復職できない、そんな人はいませんか?

でも「保育園児はかわいそう」は根拠がないです。

多くの方が感情で言っています。それが正しいと思ってのことかもしれませんが、根拠となる統計や論文はありません。

だから、根拠を示した文献や記事も無いです。

保育園に入れることが全てのお子さんにとっての正解ではないとは思いますが、保育園に入れた方が良いこともいっぱいあります。

そして、現在子どもを保育園に通わせていて「保育園児はかわいそう」攻撃を受けている人がいるのなら、ぜひ自信を持って欲しいと思っています。

「保育園スゴイ!保育園に行かせない方が良くない!」という記事ではありません。
あくまで、保育園児はかわいそうなんかじゃないという話しです

「保育園児はかわいそう」に根拠はない

「保育園なんてかわいそう」という人は、だいたい『3歳児神話』を持ち出してきます。

「3歳児神話」とは、子どもは3歳までは母親が育てないと、その後の成長に悪影響がある、というもの

「いやいやいや、そんな訳ないじゃん」と思いますよね。
はい、そんな訳ないです。

研究結果を元に否定していきます。

根拠となる「3歳児神話」はすでに否定されている

国が20年以上も前に否定している

もう20年以上も前に書かれた厚生白書(平成10年版)ではっきりと否定されています。
“白書が否定している = 国が調査・研究の結果否定している” です。

以下、『厚生白書(平成10年版)』より抜粋https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/1998/dl/04.pdf

欧米の研究でも、母子関係のみの強調は見直され、父親やその他の育児者などの役割にも目が向けられている。三歳児神話には、少なくとも合理的な根拠は認められない。

3歳児神話を真っ向から否定する内容です。
「3歳児神話に合理的な根拠は認められない」とのことです。

欧米でも父親やその他の育児者の役割に目が向けられているそう。

そりゃそうですよね。よく考えればわかることなのに。
父親だって、祖父母だって、たくさん愛情は与えられるのに。
我が家のように、父親の娘愛が強すぎて母(私)が困っている家とかさ。

国だけじゃなく研究者も否定してます

また、日本赤ちゃん学会という、赤ちゃんを医療・工学・心理学・社会学など多面的な視点から総合的に捉える学会のサイトでも、こう記載されています。

以下、『「 3歳児神話を検証する2」|第1回学術集会|日本赤ちゃん学会』より抜粋
http://www.dohto.ac.jp/~mmatsu/shinwa2-gakkai.pdf

「育児の適性は女性が生来的に持っているのだから、母親が育児に専念しなければならない」という考え方には、必ずしも絶対的な根拠はないといえます。
なぜなら幼少期に注がれるべき愛情は、適切かつ応答的な情報であり、それは母親だけが担えるものとは限らないからです。

ここでも母親以外の人でも愛情を子どもに注ぐことは可能であるとし、母親が育児に専念しなければならないという3歳児神話は否定されています。

大切なのは愛情の質

こちらも厚生白書(平成10年版)ではっきりと断言されています。
少し長いですが以下の部分です。

以下、『厚生白書(平成10年版)』より抜粋
https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/1998/dl/04.pdf

大切なのは、子どもに注がれる愛情の質である。
もちろん、乳幼児期という人生の初期段階は、人間(他者)に対する基本的信頼感を形成する大事な時期であり、特定の者との間に「愛着」関係が発達することは大切である。
しかし,この基本的信頼感は,乳幼児期に母親が常に子どもの側にいなければ形成されないというものではない。愛情をもって子育てする者の存在が必要なのであって、それは母親以外の者であることもあり得るし、母親を含む複数人であっても問題視すべきものではない。両親が親として子育て責任を果たしていく中で、保育所や地域社会などの支えも受けながら、多くの手と愛情の中で子どもを育むことができれば、それは母親が一人で孤立感の中で子育てするよりも子どもの健全発達にとって望ましい、ともいえよう。大切なのは育児者によって注がれる愛情の質なのである。

もちろん乳幼児期に受ける愛情の質は大事だよ。でも、それは母親が常に子どもの側にいなきゃいけない訳じゃない。
愛情をもって子育てする人が必要なのであって、母親じゃないこともあり得るし、母親含む複数人であっても問題じゃないよ、という内容です。

しかも「多くの手と愛情の中で育めば、母親が1人で孤立感の中で子育てするよりも子どもの健全発達にとって望ましい」ですって。

孤育てより、多くの手で!

はっきりと宣言しております。

母親が育児に専念するべきとの考えは戦後に広まった

こちらも厚生白書(平成10年版)で述べられています。

以下、『厚生白書(平成10年版)』より抜粋
https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/1998/dl/04.pdf

三歳児神話は、欧米における母子研究などの影響を受け、いわゆる「母性」役割が強調される中で、育児書などでも強調され、1960年代に広まったといわれる。

1960年代に広まったとされています。核家族が増えた時代に重なりますね。
おそらく当時は「母親は3歳までは子育てに専念すべき」との概念は社会的に都合が良かったのでしょう。急速に広まりました。

これに関して、赤ちゃん学会が突っ込んだ分析をしています

以下、『「 3歳児神話を検証する2」|第1回学術集会|日本赤ちゃん学会』より抜粋
http://www.dohto.ac.jp/~mmatsu/shinwa2-gakkai.pdf

戦後の高度経済成長期以降、日本の社会は性別役割分業体制の下で経済発展を遂げてきましたし、性別役割分業体制を維持強化するために、母親が育児に専念する必要性が強調されてきました。日本の歴史を振り返っても、育児期の女性の大半が専業主婦になったのは、この高度経済成長期以降、近年に至るまでの半世紀あまりに過ぎませんが、世代からいえば、今の若い人の母親や祖母の世代が専業主婦として育児に専念しています。身近にみることのできる母親や祖母が専業主婦として生きるモデルを提供しているですから、それがあたりまえと思うでしょう。そして「母親は育児に専念すべきであり、そうでないと子どもは寂しい思いをする」とステレオタイプ的に考えるのではないかと思います。

はっきりと、性別役割分業体制を強化・維持するためと書いてあります。

日本の歴史から見ても、育児期の女性の大半が専業主婦になったのは、高度経済成長期からの半世紀に過ぎません。

そして、身近な母親や祖母が専業主婦として生きるモデルを提供しているから「母親が育児に専念しないと子どもは寂しい思いをする」とステレオタイプに考えるのではないか、と。

要するに「3歳児神話」は普遍的な物ではなく、ほんの少しの期間だけの常識です。

母親と子どもの過度の密着はむしろ弊害?

こちらも厚生白書(平成10年版)で述べられています。

以下、『厚生白書(平成10年版)』より抜粋
https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/1998/dl/04.pdf

また、母親と子どもの過度の密着はむしろ弊害を生んでいる、との指摘も強い。欧米の研究でも、母子関係のみの強調は見直され、父親やその他の育児者などの役割にも目が向けられている。

もちろん、健康な精神状態の母親と子どもが共に過ごすことは素晴らしいことだと思うんです。
でも、追いつめられた精神状況の母親と毎日24時間過ごすことの弊害は、すでに多くのデータでも出ています。

育児ノイローゼはもはや社会問題であり、子どもにも影響を与える深刻な問題だと捉えられています。

びあまま
びあまま

母親が他の大人と殆ど話すことが無い状況では、我に返るタイミングを無くしてしまい、思いつめやすい環境になりますよね。
多分、私がそんな環境に置かれたら思いつめます。

母乳神話で1度追いつめられていますし。

思いつめて精神状態が不安定になるということは、深い愛情の裏返しですよね。むしろ、子どものことを深く考えている母親です。
ただ、ちょっと離れた方が母子ともに幸せになれるんじゃないかなと思います。

ワーママの家庭の方が幸せ?こんな報告も

こんな報告もなされていますしね。もうちょっと、気軽に離れても良いんじゃないかな?と思います。

以下、『「 3歳児神話を検証する2」|第1回学術集会|日本赤ちゃん学会』より抜粋
http://www.dohto.ac.jp/~mmatsu/shinwa2-gakkai.pdf

母親が働く場合でも、母親自身の就労態度、夫や家族の理解と協力、日中の保育の質、育児と仕事との両立に対する職場の支援のあり方等によって、子どもの発達は異なるということです。つまり、こうした条件がうまく機能していれば、母親が働いている家庭の子どもの発達はむしろ良好である結果が報告されています。

条件がうまく機能すれば、母親が働いている家庭の子どもの発達はむしろ良好だという報告です。

これを単純に「専業主婦の家庭より共働き家庭の方が良い!」と考えるのは大きな間違いですが、働くことは何も悪くないとは言えます。

保育園に通わせることのメリット

ただし保育の質が悪い保育園に預けた場合は、残念ながらこの限りでは無いですが。
通常の保育園であれば、良さはたくさんあります。

保育士さんは育児のプロ

子どもへの教え方が上手い

自分で靴を脱いで揃える、物を片付ける、お着替え、お食事。私にとっては既に日常となった、ありがたい保育園で教えてくれたイロイロ。

保育園に預けていない友だちがびっくりしてました。「うちの子、そんなことできないよー」と。
確かに私もこんなに上手く教えられないです。

保育士さんに聞いたら、コツは上手に乗せること、できそうだなと思う範囲で他のお友だちができているのを伝えるそうです。

しつけの上手さがハンパない

入園してすぐに私ではどうにもできなかった噛み癖が、保育園に通い始めた途端にあっと言う間に直ってしまいました。

保育士さんによると、保育園でもやってしまい、お友だちは泣いてしまったそうです。
その状況を、娘に諭すように「噛んじゃうとこなっちゃうね」と伝え、一部始終を全部見せたそうです。

もちろん噛み癖事件だけではなく、色んなことでしつけの上手さを実感しています。

と言うか、ありすぎて挙げきれないです。

広い視野で成長を見てくれている

普通に保育園に入れずに子育てしていたら、せいぜいが親から話しを聞いたり友だちから話しを聞くレベルで、どんなに色んな子の話しを聞いても20人ぐらいのケースを聞くのが限界だと思います。

でも、保育士さんは人によっては100人は優に超える子どもを保育しています。色んなパターンを知っている分、的確に対応してくれます。

私では考えがつかないような視点で見て下さって、本当に頭が下がります

私よりも娘の長所に気づいている

これも、多くの子どもを見てきたからこそ、その子の長所や得意なことに気づいてくれます。

娘と公園で遊んだ際に、鉄棒にぶら下がる遊びをしていました。
私は「フーン、これぐらいの年齢になると、このぐらいの時間ぶら下がれるのね」と思いながら見ていたんです。

ところが後日、先生から「〇〇ちゃん、すごいんです!30秒ぐらい、ぶら下がってたんです!!」と興奮しながら言われ「えっ、すごいんだ」と気づくという。

こんな小さなこと、他の人と話さないですしね。気づきませんでした。

育児のプロにすぐに相談ができる

育児にはつきない悩みを、気軽にいつでも保育士さんに相談することができます。
朝や帰りの登園・降園のタイミングで、本当に小さなことでも話せます。
聞いてくれるだけでもこちらは嬉しいのに、しかも的確なアドバイスを受けることがでます。有難すぎます。

また、保育士さんも家庭での子どもの様子も知りたいそうです。家庭での様子を踏まえて保育の仕方を考えたりするそうで、本当にプロの仕事です。

しつけや教え方の勉強になる

「保育士さんは育児のプロ」の項でも書きましたが、保育士さんのしつけは本当に上手いです。プロじゃなきゃ無理なんじゃないでしょうか?

理解をさせること(全てはムリでも)が大事だということは「ダメなことは叱らなきゃ」と単純に考えていた私には目からうろこでした。
いや、悪いことをしたら叱らなきゃいけないんですけど。

それ以来、保育士さんの指導の仕方をできる限り参考にしながら、叱るときに理解できないようなパニック状態にはさせない、なったら中断、を基本にやっています。

結果、娘が良い方向に行っている気がしています。(時間がかかりますが)

親の世代からはそのような叱り方は叱っていない同然だと捉えられるようです。強く叱って怖い思いをさせないと意味がないと。

でも、保育士さんのしつけの上手さを見たら、保育士さんを信じますよね?

まだ大人になっていないので結果はわかりませんけどね。

乳幼児期のうちに、集団生活が身に付く

集団生活というのはルールが無くては成立しません。
家では女王だった娘も、保育園では1園児です。当然、保育士さんたちは1人1人の個性を見ながら保育してくれますが、女王様ではいられません。

保育園で、この “ルールの存在” に気づいてくれたこと、これは家ではできないことでした。

どんなに私が一生懸命に色んなことを教えても、別にルールに従わなくても「ママがなんか言ってるけど気にしなきゃいーし」というスタンスでやり過ごせますからね。

びあまま

家では女王さまの娘ですが、休日に子どもたちを遊ばせたら、一定のルールの中で過ごしていました。
他のママも口々に「家とは違う、保育園での生活を垣間見た」と喜んでいました。
初回はまだみんな1歳児でしたから、余計に感動でした。

子どもが楽しそう

保育園に着くと、私のことは見向きもせずに仲良しのお友だちの所に向かうんです。

保育士さんが、「ほらママに行ってらっしゃいするよ」と連れ戻して来るんですけど。「バイバーイ」して手でタッチしたら、またお友だちの所に一目散ですよ。

仲良しのお友だちも「〇〇ちゃんおはよう、〇〇ちゃんおはよう」の無限連呼で熱烈歓迎してくれます。

保育園でのこの楽しそうな姿を見たら「本当にどこが保育園児はかわいそうなんだか教えてくれっ!」と思うはずです。

なお、帰りに迎えに行っても私を見た瞬間に喜ぶものの、まだまだ遊びたがることが多い模様。
「ねぇ帰ろうよー、ママおなか減ったよー」とお願いして来てもらってます。

家に帰ってきても、お友だちの名前を出して楽しかったことをお話ししてくれます。

この子の保育園生活の何が可哀想なのか、本当にわからん。

「保育園児はかわいそう」攻撃は様々な場面で

攻撃してくる人は、保育園をよく知らない

本当にやっかいな「保育園児はかわいそう」攻撃なんですが、基本的にこれを言う人は自分も保育園に行っていないし、自分含めて身近に保育園に通わせている人がいない人なんですよね。
だって実際に目で見たら、そんなことはないとわかるはずだから。

だから根拠が無いんですよね。感情で言ってきているんです。

無認可のとんでもない保育園に当たってしまったら別ではありますけどね。基本的にはそんなことないです。

祖父母の年代からの攻撃

この年代の「かわいそう」攻撃にはいくつかのパターンあるんだと思います。

パターン1 既に否定されていることを知らずに、ただ心配している

このパターンは1番、始末は良いですよね。

本当に純粋に心配しているのであれば、すでに厚生白書で国が否定していること、保育士さんのプロの仕事ぶり、保育園に通わせて良かったことを伝えれば逆に安心してくれますからね。

攻撃してくる人の中でも唯一の話せばわかるタイプですね。

パターン2 否定されていることは知っているのに、心で理解できていない

自分たちが信じてやってきたことが否定されたら、私もすぐには信じられないかもしれません。
自分の人生を犠牲にして子どもを育てた母親が多い世代ですから、自分の人生を否定された気持ちになるのかもしれません。

もしこれが自分の子どもの祖父母であったら、1番始末が悪いタイプです。

パターン3 ただ嫁がすることを否定したい

手に負えないです。単なる嫁いびりの一環です。
こうなってくると、今回の記事の括りではなくなってしまうので何とも言えませんが。

ただ、子どもをダシにいびってくるのは苛立ちますねぇ、この件で旦那が防波堤になってくれないようであれば、何かしらの検討が必要ですね。

同年代・ママ友からの攻撃はもれなくマウンティング

実は私の親も「保育園児は親と一緒にいられなくてかわいそうね」の人で、その影響をバリバリ受けた私も娘を通わせるまでは「娘には申し訳ないな」と思っていました。(注:今は私も母も1ミリもかわいそうだなんて思っていません)

でも、だからって、ソレ、保育園に子どもを通わせている人に言いませんよね。言ったこともないし。

これを言う人は最初からあなたを攻撃したい人か、マウンティングをしなければ自分を保てない人です。

向こうから「私は警戒して避けるべき人ですよ」と教えてくれてるようなもんですね

私の同級生は専業主婦がたくさんいるけど、そんなこと1回も言われたことないですよ。
保育園ってどんなところなのか、どう過ごしているのか、とかそういうことは色々と聞かれますけどね。

まぁ、言われなくてもなんとなく雰囲気でかわいそうだと思われているなって気付くときはあるんですけどね。

あくまで私の体感ですが。
資格持ち、特殊な技術を持っている、結婚前にバリバリ働いてた、などのすぐにでもバリバリ働けそうな人からマウンティングされたことはありませんし、「口には出さないけど、かわいそうと思われてるなー」とも感じたことがありません。

やっぱり、自信のなさからマウントするのかなぁって思います。

スルーが1番 余計な敵は作らない

最初の項でも紹介した通り、この攻撃には根拠がありません。だいたいが感情や気分で言っているから、反論しようにも議論にならないというか。

要するに反論するだけムダ

保育園がいかに素晴らしいか、マウンティング返しをしたいところですが、危険です!
自分を相手のレベルまで落とすことは無いです。

マウンティングをしてくる相手=ちょっとヤバい人、なので相手にすると後々めんどくさいことになるかもしれません。
大人の対応が大事です。
というか、大人の対応をしていれば理解をしてくれる人が出るかもです。

何か言われても、実を取る方が親子ともに幸せ

攻撃がめんどくさくて仕事復帰しないなんでもったいない

かわいそうだと思われるのが嫌だ、そんな理由で保育園に子どもを預けて仕事復帰をしていないのであれば、そんな勿体ないことはありません。
だって、良いことがたくさんあるのだから。

  • 忙しそうでも生き生きと働いている母親
  • 人目を気にしてやりたいこともできない母親(遊びまわるということではない)

自分が子どもだったらどっちの姿を見たいか考えれば答えは出ると思います。

もちろん、一緒に過ごす時間は最大限の愛情を注ぐことが大前提ですが(ここ超大事!)

だからと言って、専業主婦を否定する訳では決してない

もちろん専業主婦で家にいることが多くても、子どもと幸せに生き生きと暮らしているのであれば、保育園は必要ないと思います。

私の友だちにも専業主婦はたくさん居ますが、幸せそうに子育てしている人はたくさん居ます。

子どもの成長はあっという間と言う話しですから、親の心も健康で「自分の意志で3歳までは一緒に過ごしたいんだ!」というのであれば、それが正解なんだと思います。

そういう人は、たぶん身近に話し相手がいるでしょうし。

びあまま
びあまま

家庭の事情だってそれぞれ全然違うんだから、一概に保育園に行った方が幸せだなんて全く思いません。
「保育園に預けることの方が良い選択だ!」と言いたい訳ではありません。

人目を気にしての選択であれば、強い気持ちを持とう

人目を気にしての選択であるとすれば、それは機会の喪失です。子どもの為でもないです。そう見られたくないという、自分の為の選択です。

よく「あなたの為に私はこうしてきたんだ」と言う親がいますけど、「知らんがな」ってことありますよね。

自分の存在を言い訳にして人生決められても、頼んでないし大迷惑。

自分の人生、子どもを言い訳にして決めないで下さい。

そして、子どもがもっと成長した時に「人目を気にし過ぎるのは良くない、自分を持とう」と教えられるようになってください。

仕事復帰した結果、私の方が娘が足りていない

ずっと一緒にいられない分、私の方が「好き好きー」と抱きついて、娘に「今、遊びたいんですけど」って感じでいなされることが多いです。

パッと娘の顔をみたら「早く自由になってあのおもちゃで遊びたい」って書いてある。

母は「ちょっと(いや、だいぶ)寂しいぞ!」という感じです。

むしろ、娘が大人の対応をしてくれている感じが(笑)

もちろんまだ幼児なので、向こうから「ママー」と来てくれることもたくさんありますけどね。

でも、忙しいときが多くてごめん、、、。

忙しい分、いっしょに居られる時間を本当に大切にしています。
子どもはあっという間に成長しちゃうって話しですしね。親は老いる一方だと言うのに。

いかがでしたでしょうか

ぼんやりと「保育園児はかわいそう」なのかなと思っているひとは誤解を解いていただけたでしょうか?

保育園には良い部分がたくさんあることを理解して頂けたでしょうか??

また、今現在「保育園児はかわいそう」攻撃を受けている人は、自信を持って頂けたでしょうか?

保育園児はかわいそうなんかじゃないことは、もう20年ぐらい前に国がちゃんと調べて断言している根拠のある話しです。
もちろん、子どもにより個性は様々なので一概には言えませんが、多くの親子にとってよい結果をもたらすと思います。

現在、保育園が足りていなくて保活も大変なので、何とも言えない部分もありますが、とっても素敵な保育園に出会えれば良いことだらけだと知ってもらえたら幸いです。

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